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命からがら [人]

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 お通夜帰りの山道で

 亡くなったMさんは若い頃、その頃国策として奨励された満州開拓団にいやいやながら参加しました。

 なんで私たちが??という思いはみんな持っていたようですが、荒野を開拓して元居た村への仕送りもできるように頑張らねば!という気持ちで海を渡ったようです。ところが、行ってみるとそこは荒野ではなく満州人が住む豊かな土地を接収したものだったとか。でも冬はマイナス30℃から40℃、夏は同じく40℃にもなるような土地であった・・・慣れない気候に悩まされながらも、工夫を重ね、なるべく土地の人たちの利便を図りつつ暮らしたとのことでした。特に医療関係は遅れていたのでちょっとした手当や薬がすごくよく効いてあてにされたそうです。

 なんとか暮らせそうとなったとき、敗戦直前のソ連侵攻があって命からがら逃げるしかなかった、と。3年前に満州開拓団の実情と避難の様子をみんなでお聞きしました。全体像は「満州分村移民の昭和史」として渡辺雅子さんが本になさっています。 その本の中でも、Mさんは「戦争は愚かでするもんじゃないと思った」と述べています。

 

 

 

 安倍首相は「なんとしてでも今国会で安保法制を可決成立させる」 「熟慮を尽くして可決するのが民主主義の王道だ」とも言われているそうですね。

 熟慮ってなんでしょう?

 熟慮を尽くした結果であると言えるのは、少なくとも反対する相手にしっかり理解させようとすることであり、たとえ納得しなくても「あんたの言い分はわかった」と言うように努めることなしには始まらないと私は思います。

 真実を隠していると、手立ても姑息にならざるを得ませんね。愚かな熟慮で国民を道連れにしないでください。


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momotaro

差し迫った具体的な理由もなく、平和と安全のためにという口実で戦争にかかわっていくのは、まったく理解できない悪政です。断固拒否しましょう!
よい記事をありがとうございます。
by momotaro (2015-06-26 23:46) 

majyo

満州体験は本でしか知りませんが、直接お聞きになったのですね。
3年前ですか・・・もう時間は残されていません。
頭で考えるのと実体験では違いますから
あの方を改心させることはできません。
民意で跳ね返すしかないです。
by majyo (2015-06-27 17:28) 

gonntan

momotaroさん 財閥系の強力なプッシュもあるんでしょうね 

majyoさん Mさんが仰った中に、「団長がしっかりとした人で、私たちは地元民に差別や迫害を加えなかったから脱出がスムーズに行った」というものがありました。「人として、してはいけないことはしない。言ってはいけないことは言わない」というのは、基本中の基本ですね。
by gonntan (2015-06-27 19:03) 

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