水上さん [留守]
今日は長男が消防の出初式に行かねばならなかったので、昼前はお仕事、お昼からはテニス大会の本部お手伝いでした。男ダブ女ダブ1ペアづつでチームを組んでの試合です。1勝1敗の場合は混合ダブルスでタイブレーク勝負になります。私は長いこと練習にも行ってないので声もかからず (;; まぁ半分は市外からの強豪チームなので、私が出ても役にはたたないですけど (・・
で、Mさんも昼から実母の入院先である福岡に行かねばならなかったので、昼からは留守番がいませんでした。そういう時、誰か留守番してくれる人がいれば良いのですが・・ハルじゃね・・
昔、子供の頃うちのお寺には水上さんというおばあちゃんがいました。それに、伴僧さんの山上上人。うちが裕福な寺だったわけではなく、お金はないけど食べるお米や野菜は皆さんが持って来てくださるので困らなかったから。50年くらい前までは一人暮らしのお年寄りを引き取ることは寺に限らずそんなに珍しくなかったようで、過去帳を見ると一般家庭でも姓の違う方を送った記録がかなりあります。前は「なんでかなぁ」と思ってましたが、今のように保険や施設がないから共助が当たり前だったんですね。水上さんがいたから、両親は子供を置いて山梨の本山参りなどできたわけです。
その水上さんがもう最晩年のこと。2階の自室に戻る時に階段を1段上がるたびにプップッてかわいいおならをしていたことを思い出します。だんだんおしりの筋肉が緩んで自分もそんなふうになってきたので >< 先日なぜか姉がふっと思い出したようで母宛の葉書に水上さんのことを書いていました。もっと優しい言葉をかけられたらよかったのに・・て。両親から同居の説明を受けたのかもしれないけれど記憶にないし、子供の頃は他人と同居するということは受け入れがたかったのだと思います。
あらためて過去帳を見ると、ご命日は昭和40年1月20日、79歳でした。今年で満50年になるんですね。「私のことを思い出してちゃ~~んと供養お願いしますね」というお知らせだったのでしょう。明後日、ご供養営みます。
姉がご命日の前に水上さんのことを思い出したこと、不思議です。
良いお話しですね。今のように施設があるわけではないから
共助というけれど なかなかできることではないと思います。
水上さんの階段でのおならはなんだかわかります。経験があるからです
(私ではないですよ)
by majyo (2015-01-19 20:01)
majyoさん ♪ こ~とし60のお~じいさん♪ ていう歌があるくらい、昔の方は老後が短かったという事情もあるでしょうね。今のように老老介護とか寝たっきり状態が続いたら姥捨て山ということにもなったでしょう・・
by gonntan (2015-01-19 22:14)